和歌山を極める

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総本家駿河屋「本の字饅頭」と「父母状」

 あるとき、徳川頼宣は熊野の若者が父親を殺して平気でいるということを聞きました。自分は、自分の国のすみずみまで教えを広めていなかったと反省して、李梅渓という学者に熊野にいかせました。正しい考え方を指導してもらいましたが、その若者は「父親は悪いことばかりしていたので殺したのだ、どこが悪いのだ。」というばかりで、なかなか考え方が変わらなかったそうです。それで、その若者をさとすのに李梅渓は3年も熊野にいたそうです。とうとう若者がわかってくれたので和歌山に帰って頼宣と相談して作ったのが、「父母状」です。「父母状」は道場町の海善寺で見られます。

  

   
  
 ところで、僕の大好きな総本家駿河屋さんの「本の字饅頭」は 父母状の「正直は本なり」から「本」の字を引用し、頼宣が名づけたといわれています。また、歴代紀州藩主は参勤交代の際、本ノ字饅頭を江戸へ持ち運んだともいわれています。

 お店は改装中とのことで、今日はフォルテワジマの1階で買いました。こんな歴史を思い出しながら、ありがたく「本の字饅頭」を食べました。

日持ちすればいいのになあといつも思います。そうすれば手土産にもっと買うのに・・・。

   

 御三家ということはもちろん誇れることですが、駿河屋さんもまた、その歴史は古く、和菓子メーカーの老舗中の老舗で、羊羹発祥の店といわれ、われわれにとっても誇るべきお店です。1461年に京都伏見に「鶴屋」の屋号で創業しました。 5代目岡本善右衛門が紀州藩の藩祖・徳川頼宣に従って紀州和歌山へ移ったのです。1685年 に 徳川綱吉の娘の鶴姫が紀州徳川家三代目藩主綱教(つなのり)のお嫁様になったので、鶴という字を使うのは恐れ多いといって、屋号「鶴屋」を返上 し、 返上した屋号「鶴屋」に代わり、徳川家所縁の駿河国にあやかって、屋号「駿河屋」と名前を変えたのです。

また有吉佐和子の小説「紀ノ川」の中では、駿河屋の羊羹や本の字饅頭を食べるシーンが出てきます。

 2005年に残念ながら上場廃止になりましたが、ずっと頑張って残ってほしい和菓子屋さんです。

カテゴリ
紀州徳川家
日時
2007年12月23日17:45
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